12月12日

紙ふうせん 〜ご挨拶に代えて〜(カノコ)


 


黒田三郎という詩人に、「紙風船」という短い詩がある。

     落ちてきたら
     今度は
     もっと高く
     もっともっと高く
     何度でも
     打ち上げよう
     美しい
     願いごとのように

昔、赤い鳥というグループが、これからイメージした歌を唄っていたから、ご存知の方も多いだろう。

かないっこない、と思うような願いごとでも、一生懸命願っていると、かなうことがある。 このホームページをながめながらそれを思う。 いろんなところで、バラバラに活動している岐阜県の女性たちを結ぶ、「ネットワーク」がほしい、そう願いはじめて何年かが経った。インターネットというものを使えば、簡単にできるらしい、という情報を聞いてからも何年かが経った。そんなことができるのだろうか、と思いながら、やっているうちに、願いは、ささやかな形ではあるが、かなって、今ここにある。

願いごとは、落ちてくる。この詩は、その真実を指摘している。願うことは簡単だが、願い続けることは、結構難しい。落ちてきた願いごとを、何度でも打ち上げること、めげずに、あきらめずに。一人だけでは疲れてしまうかもしれない。でも、おおぜいの人の手が紙風船を打ち上げてくれたら、紙風船が、地上に落ちることはない。

「ぎふ女性会議ネットワーク」は、打ち上げてくれる、あなたの手を、求めています。
次の課題は、続けること。あなたの発言、あなたの声、あなたのクリックが、この紙風船を空へ打ち上げてくれるのです。
よろしくお願いします。

 

 

 

 

 

12月13日
一人じゃない(カナコ)

 

 

「紙風船」・・・なつかしいなあ。
もう忘れるくらい昔、初めて就職した4月、所信表明もどきを書かねばならなくなっ て、その冒頭に載せたのが、この詩だったから。

でも、あの頃の私は、たった一人で風船を打ち上げようとしていた。 一人で打ち続けるものだと思っていた。 そのうち、願い事にちょっと疲れて、ちょっと息切れがして、もう止めようと思った 時、ふと横から差し出された手が、風船を空に戻してくれた。 その後、「もう止めよう」と思うたびに、必ず風船に差し出された、何人かの手。 そして気付いたら、いま、青空に舞い続ける風船の行方を、ニコニコしながら眺めて いるだけの私がいた。 もう、一人じゃない。

誰かが初めて手を貸してくれた時、私は思わずその人に問いかけた。
「もしかしたら 私、“こんなことしたい”って思ってもいいの?」
私、したいことしてもいいの? 
  行きたい所に行ってもいいの?
  イヤな事をイヤ!って言っていいの? 
「いいんだよ」と、誰かが私の風船を一緒に打ち上げてくれる・・・・・ 一人じゃな いって、こんなにも心がやわらかくなるものなんだ。

いま、何人もの手で打ち上げられる風船を見ながら、「私、こんなことしたいの」 と、つぶやいてみる。 小さな声だけど、そんな思いをそのまま言葉にできる自分を、ほんの少し好きになり かけている。

 

 

 

 


12月14
紙ふうせん また(カノコ)

 

 

紙ふうせんは、ゴム風船と違って、息を吹き込んで丸くすると、口を離してもつぶれ たり、縮んだりしない。ピンと張りきって球形になった紙ふうせんは、ちょっとつつ いても形が変わらないだけの強さがある。東京ドームの丸い屋根は、その「球」の強 さを利用した建築なのだそうだ。

紙ふうせんで一番不思議なのは、つぶれた紙ふうせんを上手についていると、息を吹 き込まなくても、だんだんふくれて丸くなることだという。 はじめてそれを知ったとき、信じられなかった。 しかし、紙ふうせんを買ってきて、やってみると、本当につ いているうちに丸くなってくるのだ。

そんなことできっこない。 いろんな時、やってみることもせず、そう思ってしまうことがある。息を吹き込んだ ら丸くなることは、「わかる」。 しかし、ついているだけで丸くなるなんて・・・。
信じられないことを、確かめもせずに、思いこみだけで、できっこないって思ってし まう前に、本当にそうだろうか、とちょっと考えてみること。それを私は、紙ふうせ んのふくらませ方から学んだ。 教えてくれたのは、物理学者の木下是雄さんが、子どものために書いた本。

 

 

 

 

 

12月15日
わかるできる (カナコ)

 

 

昨日のテレビ。「関西の動物園がキリンやシマウマを放すために、小型のサファリを 作ったのに、キリンだけがどうしても、畜舎から草原に出ない。キリンは地面の色に 敏感で、今までのコンクリートより緑の芝生の方がやわらかで心地よさそうだと分 かっていても、その1歩が踏み出せない。そんなキリンに、飼育係は困惑している」 という報道。

結婚をひかえて、「嫁いだら、そこの家の植木鉢にも頭を下げるくらいでなくては、 嫁はつとまらない」と母親に言われたのは、明治の話などではなくて、せいぜい四半 世紀前のこと。
そんなのは「親のたわごと」だと、軽くケトバしたつもりでいたのに、心の底には、 オリのように沈殿していたのか・・・

「夫の姓になっても、結婚は吸収合併なんかじゃない」とわかっていても、その囲いからでられぬはがゆさ。
「気の持ちようだ」とわかっていても、そのきりかえのできぬじれったさ。
縛る鎖も、高い塀もないのに、中でジタバタしてたあの頃。

紙風船は、打ち上げているうちに、また、まあるく膨らんでくるんだよって言われても、「もし壊れちゃったら・・・」という心の塀は結構高い。
「壊れちゃっても、また作ればいいじゃない」・・・・・と、今だから言える。

 

 

 

 

12月16日 
段ボール箱の中の幼女(カノコ)

 

 

この飽食の世の中で、幼い子どもが 「餓死」 した、というのはいたましい事件であ る。それも両親が食事を与えなかったからというのはショッキングで、連日マスコミ が取り上げている。どうしたら彼女を救えたか、やりきれない思いから 「犯人探し」 が続いているが、私が、一番衝撃を受けたのは、彼女が「段ボールの中に閉じこめられていた」ということだ。

高さ約50センチの段ボール箱。3歳児なら簡単に乗り越えられる高さである。しか し彼女は「発育不全」でハイハイしかできず、自力ではい出すことができなかったと いう。「タンスの中のものを引っぱり出したり、家の中を散らかしたりするなどいたずらが激しかったので、いたずらできないように入れた」とのこと。でようとして当初泣いた彼女も、泣くとたたかれたり、ふたを閉められたりするので、泣かなくなっ たという。

50センチの高さの段ボール箱、檻ではないのだから、はい出せなくても、体重をか けたら、倒れる。そうしたら、外に出られたろうに・・・。 しかし、そこに閉じこめられ、外へ出してと泣くことで訴えても、拒否されたものにとったら、たかが紙でできている段ボールですら、鉄の檻のように思えたのかもしれ ない。自分の力では、動かない、どうしようもない巨大なもの。 檻、ではなく、紙の箱だから、「大したことではない」と両親も思うのだろう。檻に子どもを閉じ込めるのは「虐待」だと思っても、「いたずらする子を、段ボール箱に入れる」ことに、おそらく「虐待」の意識はない。

「発育不全」で手のかかる幼女と、赤ん坊を抱えて、この若い母親も、「段ボール箱」の中に閉じこめられていたのではないだろうか。どうしたらいいかわからない状態の中、そんな箱ぐらい、乗り越えられるでしょ、といわれても、その気力さえな い。「ちゃんと育てられないのは、若すぎるからだ」というまわりの目は、彼女をよけいに追いつめて、段ボールの暗闇に身をすくめさせる。