1月1日

新しい年に   (カノコ)


明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

少し前まで、日本には、誕生日を祝うという風習はなかった。
みんなそろって、1月1日に年をひとつとったのである。
生まれたときが、1歳。で、お正月が来て、2歳。12月生まれの赤ん坊は、1ヶ月もた たないうちに2歳になった。
だから、迎春行事を「としとり」という地方もある。

年を重ねるということでさえ、個人的なことではなく、共同で行うことだった。
「お正月」というと、急に「家族」「ふるさと」という言葉があふれ出すのも、そう いう記憶があるからなのだろう。
「家族」がそろって、新しい年を迎えられることに、意義を見ようとする。

どんなに忙しいお父さんでさえ、お正月は家にいる。
都会にいる子どもたちも、お正月には、故郷の家に帰ってくる。
いつもはバラバラの食事も、お正月は、みんなそろって、おせち料理とお雑煮。
一緒に初詣に行き、福笑いをし、すごろくをする。

・・・・というお正月というのは、すでに過去のものになりつつある。
会社や役場はもちろん、お店もお休みだったのは、少し前までのこと。
神社しか行くところがない時代は、もう終わってしまっている。
そういう第3次産業といわれるサービス業で働く人は、お正月こそ繁忙期だ。
家族が、一緒過ごすはずの時が、変わりつつある。

2002年。「家族」というものが、改めて問い直される時代になるのではないだろうか。
「家族」といえば、「お父さんとお母さんと子ども(2人)がいる」もの、というの は、すでに現実的ではない。
現実的でないものを、「現実」だとして動いてきたさまざまな制度が、ほころびを見せはじめたのが、20世紀末だった。
少々繕ったくらいではどうしようもない、ということがわかってきた21世紀、では、 どうするのか。
簡単には答えが見つからないことを、でも、それぞれが考えていくしかない時代が始まっているのだと思う。

家族のそれぞれが、自分の生まれた日を祝ってもらう風習。
その新しい風習は、すっかり根付き、正月起算の、数えで年齢をいう方は、少なくなった。
そういう「個人単位」の考え方が、今後ますます増えていくだろう。
で、その時「家族」はどうなるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

1月7日

七草   (カノコ)


久しぶりの大雪だった。今日は「七草」。
旧暦に従う行事を新暦で行うのには無理があるが、子どもが小さいころは田んぼのあぜに、セリやナズナを探しに行ったものだった。

「せり なずな ごぎょう はこべら ほとけのざ すずな すずしろ これや 七草」

誰から、いつ教わったという記憶もないこの言葉に、最近「本」で出会った。
昨年、話題になった『声に出して読みたい日本語』(齋藤孝:草思社)である。
確かに、リズムとして身体にしみこんだ言葉は、忘れない。ただの草の名が、「五・七・五・七・七」に並べられているだけで、今でも簡単に思い出すことができる。

この本の中に、与謝野晶子の「そぞろごと」も紹介されていた。

山の動く日来る。
かく云えども人われを信ぜじ。 山はしばらく眠りしのみ。 その昔において 山は皆火に燃えて動きしものを。 されど、そは信ぜずともよし。 ひとよ、ああ、ただこれを信ぜよ。すべて眠りし女今ぞ目覚めて動くなる。

「原始、女性は太陽であった」で有名な『青鞜』創刊号の巻頭を飾った詩の一部である。
1911(明治44)年。晶子、34歳。
このあとに、晶子はこう続けている。
「一人称にて もの 云はばや」

「主人がこう申しておりますので・・・」
「おかあさんはね・・・」「おばあちゃんわね・・・」
ではなく、「私は・・・・」と「いう」ことさえ、「ばや」という願望の助動詞を使うほどのことだった。
「ばや」・・・(自分の行動、動作の実現を願う場合)「できたら〜したいなあ」

90年がたった。
この詩を「声に出して」読んでみてほしい。
与謝野晶子の願いは、まだ、力を失っていない、と私には思えてくる。

 

 

 

 

 

 

1月14日

お留守番  (カナコ)


友人が、飛騨の実家から届いたからと、豆餅と赤カブ漬を届けてくれた。
お茶でも一緒にと誘ったが、「子どもを一人で置いてきたから」と、玄関先でのあわただしい会話。
「この4月に小学校に入るのに、息子はまだ一人で留守番ができないのよ。なんか、 置き去りにされちゃうと思うらしいのね。男の子なのに、困ってしまう」
エンジンをかけたままにしてあった車に飛び乗って、彼女は帰って行った。

留守番は、勇気のあるなしではない。ましてや、男の子・女の子という問題ではな い。
「一人で留守を守ること」は、立派な家事分担の一つ。家事分担だからこそ、幼くても家族の一員なんだという心構えと、積み重ねが大切。
さらに、一人で過ごす時間をどうやって楽しむかの、いい訓練にもなる。
これらは、年齢が上がれば自然にできるというような、単純計算のものではない。

そのいい例が、世の夫たち。休日に妻が不在だと、とたんに機嫌が悪くなり、妻の帰宅が遅くても、炊飯器のスイッチすら入れられない。
年齢が上がったからといって、留守番ができるとは限らない、何よりの見本。 

子どもへのついでに、夫たちにも伝えてみよう。
「アナタは決して不当に置き去りにされているわけではなく、一人で過ごすステキな時間と、家族の一員として前向きに生きられるチャンスをプレゼントされているのよ」
何度もそう繰り返しているうちに、言われている夫だけでなく、言っている妻の方も 「その気」になってくるのが不思議。

 

 

 

 

 

 

1月15日

小正月   (カノコ)


「主婦」は「家族」という自分以外の人々をケア(お世話)する存在である。
などと声高に言わなくても、それぞれの家庭で、主婦という名の女たちは、家族のためのサービスに、心を砕いている(砕くことを要求されている)。
子どもは母という名の主婦にケアされ、老人は嫁(または娘)という名の主婦にケアされ、夫は妻という名の主婦にケアされるのが当然だ、と思われてきた。

「正月」は主婦たちのケア役割が否が応でも求められるイベントである。
暮れの大掃除から始まって、年越し準備、おせち作り、年始客の接待等々。
ゆっくり座るまもなく追い立てられる。それがこなせない者は「嫁」としてつとめを果たしていない、とされた。
「本家の嫁」ともなると、大変である。
泊まりがけでやってくる義理の姉妹や兄弟たちとその家族。食事の世話をして、寝具を準備するのは嫁の任務。
自分の実家へ行ったり、きょうだいに会ったり、友人に会ったりすることはあきらめざるをえなかった女たちがほっとするのが、この15日。
小正月は、「女の正月」ともいわれた。
それは、そんなに昔のことではない。

結婚すれば、「妻」という名のケア要員が手にはいる、そう思っている男性は多い。
「嫁」という名の息子の妻に息子のケアを譲るまで、母は手厚いケアを続ける。
必ず、「嫁」が来る、と信じて。

男性78万人。女性74万人。今年の新成人の数である。
男性が数万人多いという傾向はここのところずっと続いている。
50代を過ぎると、死亡する男性が多いせいで、総人口は女性の方が多いが、それ以下の世代では、男性の数の方が常に多い。
単純に考えても、「席取りゲーム」の勝者になれない男性がどの世代にも数万人ずつ出る、ということである。
一人の男性に、一人のケア役割の女性、という組み合わせは、人口構成から無理になってきているのだ。

息子のケアをバトンタッチしてくれる女性がいるとは限らない。
手厚いケアをすればするほど、息子はひとりで生きていけない人間になる。

離婚件数も、毎年増加している。
妻が、自分が死ぬまで世話をしてくれるケアしてくれる保証もないのである。

 

 

 

 

 

 

1月29日

スクールセクハラ  (カナコ)


JR岐阜駅高架下に“女性センター(もどき)”の施設がオープンし、様々なワークショップが開かれている。その中の一つ、スクールセクハラを考える講座に参加した。
まず、数人づつに分かれて、学校でのセクハラと思われる実例を挙げながら、それを 【犯罪型・身体接触型・懲罰型・からかい型・鑑賞型・プライバシーない型・ジェンダー型】に分類するグループワーク。

さて、【体育の後に教室で着替えをしている5年生女子たちに、「オーイ、早くしろよ」と、戸を開けて声をかける男性の担任教師】は、どの型なのか。【鑑賞型】なのか、それとも【プライバシーない型】なのか。
分類先を悩んでいる私たちに、講師は迷うことなく言い切った。
「それは、犯罪型です」

何もそこまでいかなくても・・・・・。
しかし、街で同じ行為をすれば、それは『のぞき』として処罰される。学校だから許されるという発想そのものを、根っこから見直さなければならないと解説されて、なるほどと納得。

社内でのセクハラは、渋々ながらの上司もあるが、それでもかなりの市民権を得てきた。それは、セクハラという言葉が定着してきたから。
スクールセクハラという言葉も、まだまだ耳慣れないが、その言葉ができたことで、今まで師弟関係として当然視されてきた行為が、やっと俎上に挙げられ始めたと言える。
さて、この次は・・・
家庭内セクハラという言葉はいかが?