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甘党は女性で、辛党は男性。 甘党、辛党は、全く「個人」の好みにすぎない、などということは言わずもがな。 「ボク、飲む人」「アタシ、お酌する人」という性別分業意識がまだ尾てい骨あ たりに残っているのかもしれない。 コンビニのデザート類の約7割は男性客が買っている、という記事の見出しは、 「さあ、ご婦人には、ジュースを」と親切に差し出されたときには、「いえ、 ビールの方を」と言えないこともある。 職業選択の自由だって、ちゃんと保障されているはずなんだけれど、結婚・出産の時に、「で、仕事はどうするの?」と聞かれるのは女性だけ。
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朝のラジオ番組に、「昨日の110番」というコーナーがある。ユニークな110番通報や、最近問題となっている事件を、県警の係が毎日コメントしてくれるコーナーである。庭に蛇がいたとか、夫を泥棒と間違えたという話もあって、なかなか面白い。 2〜3日前の放送で、朝の110番通報には車の追突事故が多いという話題が出され、担当の警察官が、こんなコメントで締めくくった。 この番組を聞いている夫婦の中で、「君、作る人。僕、食べる人」でいられるカップルはどれだけいただろうか。担当者の気持ちは分かるが、手料理で夫を送り出せる専業主婦は急速に減っているという現状認識に、やや欠ける発言。 メディアからのメッセージ力は、決して小さくない。社会を守る県警さんのコーナーだからこそ、社会の変化に敏感であってほしいのに……と、カーラジオ相手にグチっていたら、あやうく追突しそうになった。
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明晩は、七夕。 天帝の怒りにふれて、天の川の西と東に引き離された牽牛(けんぎゅう)と織女(しょくじょ)が、一年に一度だけ、七月七日の夜に逢うことを許されるという中国の伝説が日本に伝わったのは奈良時代だといわれている。 その歌のなかで、牽牛は天の川をわたって織女を訪ねていくことになっている。 中国の婚姻は、女性が男性のもとに「嫁す」ものであった。だから逢いに行くのが織女。 男が女のもとに通うという習慣のなかで生きていた万葉人たちにとって、川を渡るのは、牽牛でなければならなかったのだ。 ここで質問。 ササに短冊を結びつけていた子どものころは、そんなこと、考えもしなかったことだけど。
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デパートの広場に、大きな笹飾りがゆれて、短冊には、かわいい願い事が並んでいる。 友人の幼い娘は、一人で遊ぶ“およめさんごっこ”が大好きで、洗濯物が取りこまれると、その山にダッシュする。シーツがあれば御の字だが、なければバスタオルで十分。頭に腰にと巻きつけて、鏡の前でポーズを取る。 彼女が毎日何時間も見ているテレビCMに出てくるママは、次々と家事に励んでいる。そして、その作業が人生の幸せだと、微笑み続ける。 今日も“およめさんごっこ”に意欲を燃やす彼女に向かって、「あんたのママは、白い洗濯物見て幸せだって言う? アンタのママは、カレーに人生かけてる? 惑わされたらいかん。あんたのママが、本物なんやから」と、水を差す。
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「お嫁さんになりたい」というのが「夢」になったのは、けっこう新しいことなのではないだろうか。 「年頃」になった娘は、「嫁」にいくしかなかった時代。 ♪金襴緞子の 帯しめながら 文金島田の向こうにあるのは、「家」であった。 「およめさんになりたい」という幼女の短冊が、ササに飾られる時代は、女性にとっていい時代なのかもしれない。 すてきなドレスのその向こうの日々がどんなものか娘たちは気付いている。 夫のための手料理。 幼女は、少女になり、そして娘になり、世の中がもう少しわかるようになって も、「およめさんになりたい」という短冊を飾るだろうか。 |