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家族にクーラー嫌いがいるため、暑さ寒さに根性のない私は、このところ動物園のシロクマ状態。表情もうつろに、あえいでいる。 堺正章氏の料理番組に、ゲストで中尾ミエ氏が出ていた。二人の会話。 そして、桂三枝氏の新婚さんトーク番組。ゲストのカップルが入場して椅子にかけた時、彼が新婚さんの「夫」に、真っ先にかけた言葉。 間もなく画面は、はみがき「クリアクリーン」のCM。 次から次へと・・・で、ますます暑くなってしまう。精神衛生にも悪いので、スイッチを切ろうとリモコンに手を伸ばしたら、そこでシャンプー「メリット」のCM。
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「少子化」はとどまるところを知らず、昨年の合計特殊出生率は1.33だと発表された。 清涼飲料水・禁煙のガム・家・クーラー・宅急便等々 さまざまな分析のもとになっている「標準家族」。妻は「専業主婦」、とされて いる。 「家族の歯を虫歯から守るのは、おかあさん、あなたです」と呼びかけられ、家族の真っ白な洗濯物に顔を埋め、今夜の献立に頭を悩ます。 「別の人生もあったと思う」とつぶやく3パターンのうち、ひとりが女性。 現実に、さまざまな形の家族がいて、それぞれがそれぞれの暮らしを生きている。 |
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新しい5000円札は樋口一葉になるそうだ。 たしかに知名度は与謝野晶子の方が上だろう。 様々な事情から、彼女は16歳の時「家督相続」をし、「樋口家の戸主」となっ た。 一葉が死んだのは1896(明治29)年。前年に発表した『たけくらべ』が激賞さ れ、いよいよ、というときであった。
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樋口一葉の話で、明治時代の「男女」の生き方に思いを馳せた。 江戸時代までは厳然とした身分制がしかれていたから、“武家の女性”と“町民の男性”では、武家の女性のほうが上であった。男女という分け方よりも、身分の違いの方がはるかに大きな力を持っていたからである。 「国民皆兵」という言葉は、そもそもおかしい。「国民の全てが兵」という意味であるはずなのに、国民の半分である女性は、兵にはなっていない。 これは、「遠い明治の時代の話」・・・ならばいいのだが、もしかすると「遠い話」でなくなるかもしれない。 しかし、戦いに女性も参加することが、「平等」なのだろうか。その戦いを始めないために、男女がともに考えるという方向には、どうして動かないものなのか・・・。
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「徴兵」されるのは、自分の「息子」か「兄弟」か「夫」だとは思っても、「自分」だとは思わない。 一枚のチラシが配られた。「この面を壁などにはり、実行しましょう」とある。 「リサイクリング運動」の啓発チラシである。 「ごみダイエット」について考えたり、実践したりするのは、当然「女性」であるとこのチラシを作った人が思っているからではないか。 「ごみ」を受け持つのは、自分の「母」か「妻」か「姉妹」か「娘」だとは思っても、「自分」だとは思わない。 《ごみ問題は、今は他人事ではありません。あなた自身の問題です。》 |
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女性センターの情報棚に、一枚のパンフがある。「ボランテイア をしましょう」という呼びかけの大判冊子。 今までボランテイアにかかわってきた人たちの多くは、このイラストのように、専業主婦・子ども・高齢者であった。だから行政は、特に何の意識もせずに、ボランテイア=専業主婦・子ども・高齢者と思いこんで、こんなイラストを作ったのだろう。 確かに従来の働き方では、成人男性が余暇をボランテイアにあてることは無理だっ た。だが、そんな生き方に疑問が持たれ始めている。 今まで当然と思いこんでいた「性別・年齢別役割分業社会」の見直しは、行政の大切な仕事。だからこそ、チラシやパンフレットには十分気を配ってほしい。そして、その気配りをしっかりと確かめていくのが、私たち市民の仕事。
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社会学者、上野千鶴子の定義によれば、「オヤジ」とは、 「女が出しゃばるから、世の中が悪くなる」 いくら現状にしがみついていようと、その現状が大きく変ってきている。変らな いとやっていけないような時代になってきている。 ボランティアの場面に成人男性の姿がないのは、彼らライフスタイルからは当然のことだ。 「カネ」にならない活動には興味がないオヤジたちは当然ボランティア活動などやらない。 「オヤジがボランティア活動に参加する日」が来れば、世の中は変るのではないだろうか。
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