9月1日

熱唱  (カナコ)


 ある大学の授業で、ジェンダー研究を兼ねて、学生たちが替え歌を作ったという。
ジェンダーとは、人生の色々な場面で、「男は男らしく」「女は女らしく」というよ うに、男女の間に線を引くこと。その“線引き”のために、心ならずも望まない日々を送っている人は少なくない。

学生たちは皆、自分たちの実体験として「デイトの支払いは、なぜ男ばかり?」「女子には、なぜ就職案内が来ない?」などの不合理を感じている。その体験に、資料やHPから集めた情報が加えられて、いくつもの替え歌ができあがっていった。
元歌は、ほとんどが演歌。本来は“耐える女”を歌いこんだはずの演歌のサビは、う まく逆手に取ると痛烈な皮肉になって、なかなか笑える。思わず熱唱してしまった。

・・・で、ちょっとノリノリついでに、最近よく耳にする高齢女性のつぶやきを、私も歌詞にはめ込んでみた。「高校3年生」ならぬ「定年3年目」。
すると、隣にいた社会人一年目の若い女性が、これまた即興で、井上陽水の「夢の中へ」を歌ってくれたので、これもちょっと紹介!
いつかどこかで、『カノコとカナコの 替え歌カラオケ大会』なんていうのはいかが?

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定年3年目(高校3年生)

赤いチャンチャンコ 着てから悲劇
朝から晩まで 茶の間に座わる
   ああ 定年3年目
あなた「オレのメシは?」と聞くけれど
コンビニ・マックも あるじゃないの!

泣いた日もある 恨んだことも
思い出すたび 心が騒ぐ
   ああ 定年3年目
あなた 親の介護も押し付けて
子育てすべても 逃げてたでしょう

残り果てしない 日数を胸に
夢が消えてく 遠い空
   ああ 定年3年目
あなた 何か趣味でも持てないの?
いつも私に なつかないで

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〜らしさの中で(夢の中へ)

女らしさなんですか? 見つけやすいものですか?
料理好きで  綺麗好きで  三歩下がってあなたをたてる
まだまだ足りませんか? ほんとの私どこですか?
格闘技が 格闘技が 大好きなんて言えませんか?
     ウフフ  ウフフ  ウフフ  さあ

 

 

 

 

 

 

9月15日

内助の功   (カノコ)


「耐える女」は「演歌」の定番だった。
♪着ては もらえぬ セーターを 涙こらえて 編んでます
「なんで?」などといわず、しみじみ己が身に重ねて涙するのが、「女」だった。

「なんで?」という世代が増えてきた結果、「耐える女」が主流の演歌は凋落している。
が、「耐える女」は、まだまだ健在である。

先日新聞に面白い統計の報告があった。
岐阜県の勤労男性は、平均で月185時間働き、年収が439万円。
既婚女性も、平均で月に177時間働き、192万の年収を得ている。
単純に時給に換算すると、男性は1977円、女性は903円。
(その差は、男女の賃金格差、というよりも、女性の労働がほとんどパートであるからだろう。)

男性の年収は全国平均より21万円低いのだが、世帯年収は631万円となり、全国平均の561万円を軽く超え、全国8位になるのだという。
(ちなみに、お隣の愛知県では男性の年収が55万円高いが、世帯収入では岐阜県の方が53万円多いのである。)
育児期(30〜39歳女性)に働いている人の率も、愛知県の56.8%より高く61.5%である。
こうやって働く女性が多いのにもかかわらず、管理職の女性の割合は45位の2.4%。

パートでせっせと働いて、家計を補助する岐阜県の女性が浮かび上がってくる。
まさに「内助の功」。
その結果もあるのか、持ち家の広さは全国3位だそうだ。

家のことはちゃんとやって、パートで働き、子どもを育て、親世代の介護を担 い、地域の行事に参加して、岐阜の女性たちは八面六臂の大活躍。
が、こんな大活躍をしていたら、自分の身を省みる余裕がないのは当然なのか、岐阜の女性の平均寿命は全国37位。
「耐える女」たちは、自分のことより家族のことを考えるのだろう。
そして、こういう妻たちを持つ男性は全国7位の長寿を誇っているのである。

 

 

 

 

 

 

9月18日

熱唱 また  (カナコ)


「耐える母」に育てられ、「耐える妻」に支えられて生きる岐阜の男性は、本当に幸せなのだろうか。
息子だって、毎日を楽しそうに生きている母を見ていたいだろうし、夫だって、額に3本シワを寄せながら家事万端こなしている妻よりは、自分の生きる道を見出して、 幸せそうに微笑んでいる妻と暮らす方が楽しいだろう・・・と思うのは、私の1人よがり?

“妻は何も言わなくても分かってくれる”と思いこんでいる夫に対して、コミュニ ケーションをはかる努力など早々にあきらめた女性たちは、子どもに自分の人生を重ね、想いを込める。
そして、その子どもが巣立ってしまった時、彼女たちは、たまらない空しさに気づいて途方にくれる。
そんな心の痛みを、『空の巣症候群』という。

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いい日旅立ち ⇒ つらい日旅立

旅立ち間近の かわいい息子に向かい
遠い大学での日々 思う時
自炊の姿が 熱く胸をよぎる
私 明日から一人きり 涙ぐむ
   ああ 日本のどこにも 
   私を 待ってる人はない
つらい日 旅立ち 楽しく荷物作る
彼の背中にささやく「私、道連れに」

岬のはずれで ひとり夫は魚つり
青いすすきの小道が 散歩コース
私は今日から 夫の世話をするだけ
けれど会話が途切れます しらけます
   ああ 日本のどこにも
   私を 待ってる人はない
つらい日 旅立ち むなしさだけが残る
誰も教えてくれない 一人生きる道

   ああ 日本のどこにも
   私を 待ってる人はない
つらい日 旅立ち 私の支え探しに
どこへ行ったらいいのか 誰を道連れに

 

 

 

 

 

 

 

9月23日

葡萄   (カノコ)


暑かった夏もようやく終わって、いよいよ秋本番。
デザートに出た巨峰の皮をむきながら、彼女はいった。
「夫は、面倒だから、って葡萄を食べないのよ。それがね、夫の家で食事をしたあと、デザートに巨峰が出たのよ。で、義母がね、夫用にその皮をむいてるのね。器に入れてもらったその葡萄を、夫はおいしそうに食べるの。」
「私も、やっぱりむいてあげるべきなのかしら?」

葡萄の皮をむき、ミカンの皮をむき、魚をほぐして骨を取り・・・
食べにくそうなものがあると、幼児のために母は手助けをする。
いつか、ひとりで食べる日までの手助け。
自分で食べる喜びよりも、手助けしてもらう快適さに慣れた子どもの中には、大きくなっても自分ではやらない「子」がいる。
「ほんとにもう、この子は、いつまでたっても私にやらせて・・」といいながら、母は嬉々として骨を抜く。

自分で皮をむけるようになったら、自分で魚を食べられるようになったら・・・ ・
自分で洗濯ができるようになったら、自分で食事が作れるようになったら・・・・
この子のためにやってやれることがなくなってしまう。
私がいないと困る子どもであれば、子どもはいつまでも私のそばにいてくれる・・・

最近、子どもの大学進学のためのアパートに同居する母がいるという。
「心配でねえ。なんにもできない子だから、ごはんも食べられないんじゃないかって・・・」

「で、葡萄の皮、むいてあげてるの?」
「ううん、やらない。むくの面倒なら、食べなきゃいいわ、って。悩んでいるのはね、この子なの。この子にむいてやった方がいいかどうか、ってこと。」
「自分で食べてるじゃない。」
「そう、この子、好きだから、皮ごと口に入れて、あとから皮と種を上手に出す」
「じゃあ、ほっとけば?」
「でも、ちゃんとむいてやれ、って夫がいうのよ。義母も皮ごと口に入れるこの子を見かねて、むいてくれたし」