10月10日

悪妻  (カナコ)


多くの女性たちは、「夫の身の回りの世話は妻の仕事。妻は夫の従属物」というメッセージを、身近にいる同じ女性たちから受け続ける。
「エーッ、彼がコーヒー入れてくれるの? いい旦那様で幸せねえ。感謝しなきゃね」
「実家のお母さんの入院に付き添ったって? そうやって行かせてもらえるなんて、 御主人がやさしいからよ」
「旅行の参加を勝手に決めちゃっていいの? うちに帰って御主人に聞いてからでな くていいの? あんたって悪妻!」

世の中は、夫を立ててこそ「良妻」。妻という身分をちゃんとわきまえて、理解のある夫 に感謝しなければならない・・・らしい。
でも、普通にコーヒーを飲み、通常の生活をしているだけの夫が「亭主の鏡」のように誉めそやされ、その妻であるというだけで「悪妻」の烙印を押されてしまうのは、 いかにも不合理。

コーヒーは、夫が好きだから入れるのであって、妻の分は単なる“ついで”。
実家の母に付き添って大変だったのは妻自身で、夫はいつもどおりに暮らしていただけ。
旅行に行くのは妻であって夫ではないのだから、スケジュール調整はしても、許可を得ることではない・・・と思うのは、それだけで悪妻・・・らしい。

ある人が言った。「周りの言葉なんて,気にしなくていいのよ。いい妻を演じてると、疲れちゃうからね。初めから“私は悪妻です”っ て割り切っちゃえば、肩が軽いわよ」と。
でも、でも、でも・・・夫を立てるふりをしない妻が「悪妻」だとしたら、「悪夫 (あくふ)」ってどんなの?  (ちなみにパソコンに「あくふ」と入力したら、「悪婦」と変換されてしまった・・・)

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♪人生いろいろ ⇒ 妻にはいろいろ♪

悪女と言われて 悩んだりもしたわ
だけど世の中には なぜ悪男(あくだん)ないの?
     愚妻・良妻いるわ 人妻・新妻も
     若妻・心の妻 さしみのツマも
ねえ おかしいでしょ 愚夫(ぐおっと)はないの?
ねえ おかしいでしょ 新夫(しんおっと)もないの?
     男は 年取って「好々爺」だけれど
     女は 年取って「鬼婆」になるのよね?
妻にはいろいろ ランクがいろいろ
男には どうしていろいろないの?

 

 

 

 

 

 

 

10月20日

良妻   (カノコ)


では、「良妻」とはどのようなものか。
新婚のころ・・・かわいいエプロンをして、新居を整え、夫の帰りを今や遅しと待つ。一生懸命慣れない料理も作る。
子どもが生まれて・・・育児はたいへんで、時間も手間も取られるけれど、夫のことをないがしろにせず、やさしく接する。
子どもが大きくなって・・・子どもたちの帰りは部活とか塾通いでバラバラ。その送り迎えとか食事の用意はあるけれど、夫が帰るまで自分も食事をせず、待つ。
子どもが巣立って・・・二人の生活に戻って、やっと夫の世話に専念できる。「オイ」という一言で、夫の要求がすぐわかるような夫婦になれる。 夫が定年を迎えて・・・夫が家にいるから、習い事も友人と食事をすることもやめてすぐ帰る。夫が寂しがるから、極力家にいることにする。

そして、夫をきちんと看取る。
きっと夫は「良妻」に感謝してこの世を去るのであろう。
「関白宣言」(さだまさし)が歌うように、
《俺より先に死んではいけない 例えばわずか一日でもいい 俺より早く逝ってはいけない》
である。

しかし、子どもも巣立ち、夫が先だったあとも、女の人生は続くのである。
その後を、では彼女はどうやって過ごすのだろうか。

また、こうやって「良妻」に支えられて家庭生活を過ごしてきた夫が、後に残さ れたら、どうなるのだろう。
妻亡き後、日常生活のなにもかもを頼っていた彼は、どうやって生きていくのだろう。

自分のためには、食事の準備をすることさえめんどくさくなってしまう、夫に先 立たれた妻。
どうやってなにをたべていいのかもわからないで途方に暮れてしまう、妻に先立たれた夫。

「良妻」は、ほんとうに「良き妻」なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

10月23日

どんでん返し  (カナコ)


朝のワイドショーで、「とりあえず1000万、自分名義の通帳を作る法」や「土地・家を無税で妻名義にしてしまうテクニック」を紹介していた。
ワイドショーのターゲットは、専業主婦。「いかにも良妻レース」をひた走って来た妻の何人かは、もしかしたらそのゴールで、静かな“どんでん返し”を企て始めるかもしれない。

料理を作り、住居を整え、夫の帰りを待つ。子どもたちの世話をする。夫とは“あうんの呼吸”で意思の疎通ができるようになり、夫が亡くなった時に は涙のしずくを二つ以上こぼす・・・夫たちが信じ続ける『さだまさしの世界』。
確かに、夫が60歳そこそこで逝ってくれれば、「あの人は、縦の物を横にもしなかったけれど、それなりにいい人だったわ」と、涙のしずくもこぼせただろう。
しかし、さらにそれから20年以上を共に生きなければならない現実を直面して、「このままでは、レースのテープは切れない」と気づいてしまった何人かの良妻たち・・・
以下は、そんな妻たちへの応援歌。

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  UFO (以心伝心夫バージョン)

  手も合わせず 見つめることもなく
   愛してるって どうして分かる?
    メシ・フロ・ネルだけ言って
    テレビにくぎづけあなた
    私の心は ゆさぶられない

  もの言わずに 合図をするだけで
   すぐ私は 分かってしまう
    「オイ」と言ったら 新聞
    指動かせば リモコン
    次から次へと差し出す私

  信じられないことだと思うけど
   こんなことは 愛じゃなくて 単なる惰性

  そんなのおしまい 近頃少し
    日本の男に あきれたところよ

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  ブルーシャトー ⇒ ブルー気分

  姑(しゅうと)小姑に 囲まれて
  毎年 盆暮れ ブルー ブルー ブルー気分
  あなたは長男 仕方ないと
  あきらめ ため息 ブルー ブルー ブルー気分
    きっと 今年も イヤとは 言えず
    接待 飯炊き 苦しくて
    涙をそっと 流すでしょう
  同居トラブル 覚悟してた
  けれども 度々 予想 越えたわ
  また・し・ま・い・風・呂・ブルーよ

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   あなた いつでも うまく 逃げてた
   嫁は しょせんは 他人なのよねと
   涙をそっと 流しました
  ひとつ決めてる ことがある
  あなたと お墓は 別に作るわ
  来・世・も・一・緒・は ブルーよ

 

 

 

 

 

 

 

10月26日

転ばぬ先の   (カノコ)


今、定年前後の夫たちは「団塊の世代」だ。
日本の高度成長をまさに担ってきた人たち。彼らは24時間働くような働き方をしてきた。
企業戦士に必要なのは、「銃後の妻」だった。
男は外で働き、女は家庭を守る。
こういう家庭が一般化したのは彼らの世代からである。

農業の傍ら家事をする「農家の嫁」の生活より、ダイニングキッチンで夫の帰りを待つ「サラリーマンの妻」のほうがすてきに思えた世代。
長年の「役割分業」は、夫が家庭に帰る日を想定しないで行われてきた。
その夫たちが、企業戦士をリタイアして、毎日家にいる。
こんな日が来ることを、妻は予期していなかった。

5年に一度行われる「男女共同参画に関する県民調査結果」の記事が新聞にあった。
「男は仕事、女は家庭」という考えに賛成したのは30%弱だったという。
「男女ともに仕事をし、家事、育児、介護を分かち合うべきだ」と答えた男性56%、女性79%。
全体で68.5%という数字は、5年前の調査の53.4%からみると上昇している。

夫が元気で外で働いて(お金を稼いできて)いるうちは「男は仕事、女は家庭」に○をつけていた妻たちも、家に一日中いる夫と暮してみて初めてそのたいへんさに気付くらしい。
自分はテレビの前から動かずに、あれこれ言いつける。
自分でやろうと仮に思っても、どうしていいのやら皆目わからない。
会社に入れあげて、会社以外の友人がいない。
急に「趣味」も見つけられない。
何十年も住んでいるのに、ご近所の人の顔さえよくわからないから、地域活動さえままならない。

「ローマは一日ではならず」 定年後の二人の暮らしを快適にしようと思うのなら、
「定年後離婚」にならないような関係であろうと思うのなら、
今から「転ばぬ先の杖」。

♪” もの言わずに 合図をするだけで すぐ私は 分かってしまう”
のではなく、
♪”「オイ」と言ったら 新聞 指動かせば リモコン”
というのではない関係がこれからはきっといる。