11月11日
トりビア  (カナコ)

暮らしの中では何の重要性もないことであるが、パソコンで書類を作る時、作成日を「1111」と記入するのは、何となく気分がいい。そういえば、もう10ヶ月も前に婚姻届を出している友人が、あえて今月の22日に挙式をするという。「どうしても、11月22日、いい夫婦の日に式をしたかった」のだそうな。

テレビで、「暮らしには全く役に立たないムダ知識(これをトリビアと言うらしい)」を紹介する番組があるが、”ムダ”と言い切ったところが面白くて、しばしば見ている。
そういえば、この類の知識はかつて”雑学”と呼ばれて、一応教養の部類にカウントされていたが、”ムダ”と割り切られるのも結構さわやかな気分である。ムダも人生には必要と、妙に納得できる。

気分よくノリついでに、ムダ知識を紹介。
★以前、1ドルが360円だったのをご存知? あの数字は何の意味もなくて、各業界でバラバラだったドルの為替相場を一本化する時、果てしなくモメたので、「円」は360度だから360円にしようという事で落ち着いたんだって。
★アイシャドウは5000年も前からエジプトで使われていたけれど、単なる化粧ではなかったのをご存知? エジプトには人間の分泌物(涙など)が好きなハエがたくさんいて、それが目の周りに卵を産みたがるらしい。ブルーの孔雀石の粉に含まれる炭酸銅が、それを防いだんだって。  

真偽のほどは確かめていないけれど、現在ひとつ気になっているトリビアがある。  
日本人には当たり前の「家族単位の戸籍」は、戦前に韓国と台湾に日本が持ち込んだものが残っているけれど、他には世界で類を見ない。ここまでは確かな情報。
それを、戦後にGHQが「個人登録制」にしようとしたらしい。でも、それが実施できなかったのは、戦後の物資不足で登録用紙が足りなかったことが原因とか。結局「仕方がないから、家族で1枚ということにしておこうか」ということになったようだ。  
夫婦別性や、家族単位の税制や、家制度や、婚外子差別のもとになっている「戸籍」も、元をたどれば、その程度のもの・・・。

 

 

 

 

 

 

 

11月16日
東京国際女子マラソン   (カノコ)

期待されていた、高橋が思いがけなく負けて、今年の女子マラソ ンが終わった。
東京の街を走りぬけるランナーたちは、しなやかで力強い。
「マラソンは、女人禁制だったんだって・・・・・」
「へぇぇー・・・・・・」

女性のマラソンへの参加が公式に認められたのは、1972年。たった30年前のこと。
1967年のボストンマラソンで、姿が見えないように、周りを友人たちにガードされて42.195キロを走り抜いた、キャシー・スイッツァーさんは、ゴール寸前大会役員に発見され、ゴールを阻止されたという。
で、残念なことに、彼女がその時どれだけのタイムで走ったのかはわからない。
が、彼女は、女性が42.195キロを走ることができる、ということを世間に証明した先駆者だった。

走れるに決まっているじゃない、というのは、「女子マラソン」を当然として見 慣れた人たち。
30年前には、とても考えられないことだった。
「かよわい女性にはとても無理」「勝利者を、笑顔で迎えるとここそ、女性の役割」 という意見が圧倒的だったのだから。

42.195キロを、走りたい人、走る能力のある人は走ればいい。
男だから走る、女だから走れない、ということではない。
まして、走りたい人、走れる人が、「女だから」という理由で阻止されるような世の中はイヤだよね、というのが、「男女共同参画社会」。

うちのまちは、こうやって「男女共同参画社会」を目指します、という「プラン」が次々とできている。
今年度の初めには、県内25市町村が策定を終えて、それぞれ実施をしているようになった。策定率26%は、全国平均をやや下回っている。
プランができれば、世の中がかわるものでもないけれど、男女共同参画はかわったことではなくて、当たり前のこと、と考える人が増えていくきっかけにはなるような気がする。

1年前と、大きく違ったマラソンの風景。
沿道で選手を見ている人が、手にした携帯電話を差し出して、映像をとっていること。

1年前に比べて、岐阜県の市町村の数が2つ減っていた。
3町村が1市になったから。このあとも、減っていくのだろう。

来年が、すぐ近くまでやって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

12月18日
許容量  (カナコ)

インフルエンザの予防接種をした。すると間もなく、注射の跡が赤く腫れ始め、ひじ関節のにぶい痛みが始まった。そして翌朝には、腫れが腕全体に広がり、その部分が高熱を持って、燃えるように熱い。まるで、左腕だけがインフルエンザ状態である。

たまりかねて病院にいくと、アレルギーを起こしているという。
薬剤に含まれている卵への抗体が、体質的に許容量を越えたのだという診断で、「来年からは予防接種は厳禁です」との強いお達し。もし同じ注射をすれば、その時はアレルギー反応が体全体に起きて、ショック死もありうると脅された。

腫れ上がった腕を見ていると、この“薬剤”が、私の体全体から大声を上げて拒否されているのを実感する。
「こんなに突然、NO!と言い出だすなよ」とグチりたい気もするが、「体内に入れたくない!」と、ここまではっきりと拒絶されると、「お見事!」と思わざるをえない。

体が示す正直な拒否反応に比べて、自分の意思で使えるはずの「NO!」という言葉は、それほどたやすく出ては来ない。
姑に「NO」と言えなくて、不本意なまま合わせている嫁。
夫に「NO」という習慣を持たなくて、惰性で夫の世話を続けている妻。
結婚して親になってもまだ、実家の母親の意思をそのまま背負ってしまう娘。
生意気な女は嫌われると信じて、「NO」という返事をすることなしに生きる女性たち。
そして、気がつくと、自覚のないままに何でも引き受けている私がいる。

心もいつか、許容量を越す日が来る・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

12月30日
大晦日   (カノコ)

いよいよ今年も押し迫って、明日は大晦日。
テレビは「年の瀬」の慌ただしさを映し出し、それにせかされるように「迎春準備」に追われるころ。

女性の「適齢期」を「クリスマスケーキ」にたとえるころがあった。
24日(=歳)はもてはやされ、まあ25日(=歳)でもいいが、それを過ぎると・・・
そんな風潮にせかされるように、「寿退社」をした女性たちも多かった。

が、結婚年齢は、どんどん上がっていき、いまや30代前半の女性の未婚者は4人にひとり以上。
東京では、半数近くが未婚者になり、「クリスマスケーキ」などという比喩が意味を持たず、「大晦日」という比喩でさえ使われなくなってきた。

昨日と今日がそんなに変わっているわけではない。
先月と今月が変わったわけでもない。
去年と今年で劇的な変化が起こったわけでもない。
が、何かが大きく変わりつつある、という気がする。
というより、かなり前から少しずつ「臨界点」に向っていたのが、いよいよ「臨界点」に達したというか・・・

男性の未婚率の上昇はもっとすごい。
東京都区部では30代前半の男性の半数以上が一度も結婚したことのない人たち。
岐阜県でも3人にひとり以上。

あたりまえだと思ってきたことに、ここでもひとつ変わる兆しを見せている。

来年は、どんなことが起こってくるのでしょうか。
来年も、またよろしくお願いいたします。