7月19日

女性の時代・・・?   (カノコ)


アテネオリンピックの開幕が近づいてきた。
今回の日本代表選手団は、女子選手の数が史上初めて男子より多いのだそうだ。「メ ダルが有力」という選手も多いのだという。

しかも、素晴らしいことに、本当にいろいろなステージの女性たちがいる。
東京五輪の女子バレーのように、鬼監督(男性)のスパルタ指導のもと、「私」をな くして黙々と練習に励む「未婚」の女性しか「代表」の座をつかめない、というのでもない。
「女のしあわせ」を捨ててつかんだ「栄光」なんて近頃は全くはやらない。

そういったいろんな女性たちが、好きなスポーツで輝く姿を、夏休みの子どもたちが見ている。
「私も」をいう少女たちが、きっとまた彼女たちに続いていく。

けれど、さすが「女性の時代」と、手ばなしで喜んでいられるだろうか。
女子選手の数は男子より多いのに、あの競技のあの人、とみんなが知っている女性指導者も増えてきたのに、日本選手団本部役員の女性はたったひとり。

年に1回国連開発計画(UNDP)が発表する「人間開発報告書」というのがある。
豊かな日本は「人間開発指数」は調査177カ国中、5年連続の9位。
が、女性の政治・経済分野への進出状況を表す「ジェンダー・エンパワーメント指数」(GEM)は、昨年の44位からぐっと上昇したものの38位。いわゆる「指導的立場」の女性の数は圧倒的に少ないのだ。
(ポーランド27位、ナミビア33位、ボツワナ35位、フィリピン37位)

アテネ五輪の開会式。
入場する選手団をよく観察してみよう。先頭(たぶん)を歩く本部役員が、オジサンばっかりという国は、日本の他にどこかな、って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7月21日

母親だより  (カナコ)


先週、県内のある小学校が「母親だより」を発行した。
今回の内容は、給食試食会の報告で、「規則正しい食習慣をつけること」や「朝ごはんをしっかり食べること」などなど。
しかし今、それを眺めながら、少々複雑な心境。

まず、何で「保護者だより」ではなくて、「母親だより」??
さらに、その通信の最後には、大きな花枠の中に、こう書かれていた。
「お母さんが、献立を工夫してください。一番大事なことは、お母さんが食事を明る く楽しい時間にすることです。」

6割以上の女性が共働きをしている現在、食事を作るのは、母親だけではない。
しかし100歩譲って、食事を作っているのが専業主婦だとしても、「食事時間を明 るく楽しくする」ことまでが、お母さんだけの役割なのか。

今年度、『安心して子どもを産み、育てることができる社会』をめざして、県内のあちこちで、次世代育成支援のシンポジウムやワークショップが開かれている。
しかし、「学校」という、次世代を担う子どもたちにとって大きな規範となる場所か ら、「家事や子育ては母だけの仕事」「家族の癒しは、母だけの役割」というメッ セージを出され続けていることを、行政が気づいていないうちは、少子化対策など、 絵に描いたモチ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8月16日

帰省   (カノコ)


「お盆」が終わった。
テレビは、「Uターン」ラッシュを盛んに報じていた。
住んでいるのは「まち」で、お盆の一時だけ「ふるさと」に帰る人々を映し出す。

「こんにちわ〜」と、「ふるさと」の玄関で声をかけると、「おかえりなさい!」と声がする。
それに気付くか、気付かないか。
気付くのは、その「ふるさと」が自分のふるさとではない人。そのうちで生まれた人は当然何の違和感も感じない。

義父母の弾んだ「おかえりなさい!」を聞きながら、「帰省客」のもてなしに走り回る「嫁」。
「どうでしたか?」というインタビューに「のんびり休めました〜!」と答えるおきまりの画面の蔭に、のんびり休ませるための嫁の重労働は隠される。

慣れない夫の実家への里帰りに、身構える妻たちもいる。
喉が渇いても、勝手に冷蔵庫を開けるのははばかられて、コンビニで飲み物を仕入れるとか。
のんびりどころか、緊張の日々。

で、今年のお盆も終わった。
夏の、いつもよりすこし長い休暇。「海外からの帰国ラッシュ」という画面に映る人たちもいる。
それを横目で見ながら、「客布団」の手入れをするのが迎える嫁。
そして、気兼ねなく自宅の冷蔵庫を開けるのが訪ねる嫁。
どちらもため息の「夏の嫁」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8月31日

女人禁制  (カナコ)


今年7月に、「紀伊山地の霊場と参詣道」が、ユネスコ世界文化遺産に登録された。
それを機にして、その中にある「国立公園・大峰山」の女人禁制問題がクローズアッ プされてきた。
女人禁制は是か非か。
「女性の入山を禁止したままでの世界遺産登録は、女性差別の容認につながり、国際批判も招く」という市民団体に対して、信徒たちは「これは差別ではなく、宗教的伝 統である」として、一歩も引かない。もちろん国は、宗教がらみのいざこざには、首を突っ込もうとはしない。

世界遺産の中には、ギリシャのアトス山という女性禁制の場所がある。しかしここは、限られた修行僧だけのものであって、一般人が入る場所ではない。それでも昨年、欧州議会は「男女同権に反する」という決議を採択して、女性にも開放するように強く要求をしている。
ましてや大峰山は、男性であれば修験者でなくても登山は可。中学生も野外活動で 登っている。
(もちろん男子中学生のみの登山で、女子中学生は、隣の稲村ヶ岳へ登ることになっている。ちなみに稲村ヶ岳は、大峰山より標高が高くて、道はきつい)
それに、百歩譲って「大峰山寺の敷地内の女人禁制を決めるのは、寺や信徒の自由」 だとしても、そこに至る道は、国の公道。もちろん税金で作られている。

この問題について、ある有識者は言う。「日本に一つくらい、女人禁制の伝統を残しておいてもいいのではないか」と。
一つくらい?
相撲の土俵は? お祭りの鉾は? トンネル工事現場は? そして皇室典範は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9月20日

月下氷人   (カノコ)


お彼岸に入ったというのに、なかなか暑さが去らない。
この月が丸くなったら「中秋の名月」だというが、澄み切った秋の空、という感じがまだない。

そういえば、「仲人」のことを「月下氷人」といった。
いわれのある言葉らしいが、この言葉を聞くと、冷え冷えとした冬の空の月を想像してしまう。
結婚に際して、「仲人」を立てる人が減っているのだそうだ。
リクルートが実施した結婚トレンド調査によれば、仲人を立てたカップルの割合は、 全国で4.6%、首都圏だと1.0%。
首都圏は1994年には63.9%が「仲人」を立てていたという。
「頼まれ仲人」さえ姿を消したのが1%という数字らしい。

この10年の減少が、そのまま「非婚」「晩婚」化につながっているという考えがある。
未婚の二人を取り持つ「仲人」がいなくなって、それぞれ「独自」で相手を見つけなければならなくなった。
出会えそうで、適当な伴侶はゴロゴロはころがっていず、結果として・・・

少子化の一つの原因である「未婚化」打開には、「仲人の復活だ!」という声が大きくないのはなぜだろう。
典型的「仲人」であった「世話焼きおばさん」が減ったから・・・?
「世話焼きおばさん」の数が激減したとは思えない。
おばさんたちが、結婚を仲介することに疑問を感じて、積極的に「月下氷人」をやろうとしなくなったからではないだろうか。

それは、「仲介」への疑問か「結婚」への疑問か・・・ めんどくさがりが増えただけなのか・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10月6日

きょうの料理   (カノコ)


NHKの『きょうの料理』のテキストが、この10月号で500号を迎えたそうだ。
創刊されたのは1958(昭和33)年、東京オリンピックの6年前である。
当時のテキストに載っていた料理名を見ると、その「本格さ」にびっくりする。
麻婆豆腐、チキンフリカッセ、ビーフシチュー、鯉の洗い、ウスターソースの作り方まである。
そんなもの、見たこともまして食べたこともない家庭がほとんどの時代じゃないか、と思って気がついた。

だからこその「テキスト」だったのだ。
高度成長期、それまで農業中心だったこの国は、工業国へと変化した。
労働力として、各地から都会へ農家の長男以外の男たちが集まってきた。
その伴侶として、農家の娘たちも都会へやって来た。
いわゆる「核家族」の誕生である。
「専業主婦」になった女たちは食事を整える任務を負った。

彼女らが子どものころ食べていたのは、ご飯と汁と自家製の野菜、とその加工品 (もちろん自家製)。
都会の「ダイニングキッチン」には似合わないものばかりだった。
その彼女らに差し出されたのが『きょうの料理』。

「炊事」から「料理」へ。
それは、「母の味」の否定ではなかったか。
田舎の母が作る、今ある野菜を鍋に入れて煮る、というおかずは捨てられた。
「チキンフリカッセ」に「ウスターソース」、お手本は「料理研究家」。

当時、冷蔵庫があったのは、7軒に1軒。
台所革命は、冷蔵庫や炊飯器によってではなく、テレビによってもたらされた、という気がする。
母の味より、テレビの味。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10月13日

金木犀   (カノコ)


金木犀が花盛り。
街角に木犀の香りが漂うころになると、茨木のり子の「小さな娘が思ったこと」という詩を思い出す。
ひとの奥さんの肩は、木犀みたいに、クチナシみたいに、なぜあんなに匂うのだろう と思った小さな娘が登場する詩である。

「小さな娘が大人になって
 妻になって母になって
 ある日不意に気づいてしまう
 ひとの奥さんの肩にふりつもる
 あのやさしいものは
 日々
 ひとを愛してゆくための
    ただの疲労であったと」

1958(昭和33)年にでた『見えない配達夫』という詩集の中にある。
詩人は50年近くも前に、それが「ただの疲労」に過ぎないことに気づいていた。
家族への愛・夫への愛・子への愛。
見返りを求めない、自己犠牲の愛こそ「ひとの奥さん」に求められたものだった。
そこにいて、自分以外のひとのことを第一に考える存在。

50年たった今でも、「自分のこと」を考えたいという妻や母には風当たりが強 い。
とくに、「子どものことを考えないのか!」という叱責はやむことがない。
子どもはいつか大きくなるのに、ここから巣立っていくものなのに・・・
その後を抜け殻のように過ごすこと、または「社会」のために自己犠牲を繰り返すことしか道はないのか。

岐阜県のあるまちで、長年続いていた「移動図書館」が廃止された。
利用者の減少は、活字離れだけではないという。
図書館がやってきても、集まってくる人がいなくなってしまったのだとか。
平日の昼間、在宅している人の減少が直接の引き金らしい。
「お帰り」といつでも外に出た家族を迎えられるように、在宅している「奥さん」は確かにめっきり減った。

家の「奥」にいない「奥さん」たち。
彼女の肩にふりつもるのは、いったいどんなものなのか・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11月5日

戸籍のふしぎ  (カナコ)


預金者が死亡すると、通帳は凍結される。それを払い出すためには、相続者全員の実印や印鑑証明が必要になる。
さらに、「相続者は、このメンバー以外にはいない」ことを証明するために・・・つ まり、隠し子や、ナイショで養子縁組した者はいないということを証明するために、預金者の「生まれてから死亡時」までの除籍が必要となる。

先日、92歳の女性が亡くなり、彼女の誕生時からの戸籍を取ったら、明治20年頃の戸籍にお目にかかることがきた。
極細の筆で丹念に手書きされたもので、読みづらいけれど、そこに現れている「家族の変遷」は、なかなかオモシロイ。

手書きの戸籍の最初には、まず「前戸主」の名前が明記され、次に現在の「戸主」の名前が来る。
父親が隠居して、戸主を息子に譲ると、祖母や、隠居した父母の名は、戸主になった息子のあとに記載される。
そのあとに、戸主の未婚の弟・妹などが連なり、そして、戸主の妻、戸主の弟の妻、 戸主の子ども、出戻ってきた戸主の妹、戸主の弟夫婦の子ども・・・などと、一族郎党の名前が延々と並び続ける。
まさに、戸主は一族の頂点。それだけに、「家を継ぐ跡取り」としての責任は強かったであろうし、その分、発言権も大きかったであろう。

戦後の戸籍法改正で、「戸主」はなくなった。さらに現在の戸籍には「親子」だけしか入らないので、祖父母や叔父・叔母が一緒に記載されることはない。表記はきわめてシンプルである。
しかし、改正から60年たっても、日々の暮らしは、シンプルにはほど遠い・・・祖父母は「戸主となる跡取り」の生まれることを待ち望み、生まれた跡取りは郷里を離れず、盆正月にはそこに、姓を同じくする一族郎党が集まる。
「家」に、跡取りは不可欠。女の子ばかり3人生んだ友が姑に、「あんたは貧乏腹」 と言われたのは、ついこの間のこと・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11月17日

戸主   (カノコ)


旧民法の「戸主」は、男性がほとんどであったが、時には女性がなることもあった。
新しい5千円札の樋口一葉さんは「戸主」だった。
跡取りのはずの長兄が死に、次兄は他家の養子になっていた。そして、父が死去。
否応なく「長女」のなつ(本名)は「戸主」になり、母と妹との3人家族の責任を負うことになった。18歳だった。
小説を書いたのは、趣味でも自己実現でもなく、ひたすら一家を養うための手段だった。

女性をお札に載せることは、今度の新紙幣の約束事だったと聞く。
この世の中には「男」と「女」がいるのに、お札の顔が男ばっかりなのは、たしかに変。
で、登場したのが一葉だった。
困窮した生活の中で、恋はしても結婚はせず、25歳で死んだ人。
たしかに珠玉の作品は遺したものの、彼女は人生の負け組。
もうひとりの候補だった、与謝野晶子は、恋をし、結婚をし、たくさん子どもを産んだ。

「母」にも「妻」にもならず、「戸主」であった女性がお札の顔。
案外、世相を映しているのかもしれない。
最近出た田中優子法政大学教授の新書にはこうあった。
《一葉作品の登場人物たちは、じっとうつむいて我慢したりしない。「いやだ!」と叫んで次へ行く。彼らは、一葉自身である。》

「はい」と従順に答えることが要求される時代に、「いやだ!」というのは並大抵のことではない。
うつむいて我慢したりせず、いやなことは「いやだ!」と叫べたのは、彼女が誰にも守られず、自分で責任をとらなければならない「戸主」だったことも、あるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月21日

残念!  (カナコ)


正月三ヶ日の間に、同窓会の予定が目白押し。それぞれが、結婚 したり、離婚したり、再婚したり、再々婚したり・・・。
お互いにファーストネームで呼び合っていた間柄はいいが、姓を呼んでいた女友達には、呼び方に気を遣ってしまう。慣れ親しんだままの姓でいいと思うのだが、いちいち新しい姓に訂正されると、呼び慣れなくて混乱する。
見知らぬ姓が並ぶ同窓会名簿では、郷愁もわいてこない。

職場の友も同じ。結婚して改姓するのは、現在98%が女性だが、そのこと自体は、 かまわない。
進んで夫の姓を名乗るもよし、旧姓を使用するもよし、あるいは婚姻届を出さない事実婚もよし・・・であるけれど、「名前を呼ぶ側」から言えば、できればずっと、同じ呼び方をさせてもらいたい。

日本は、結婚イコール改姓という印象が強くて、恋をすると、「彼の姓に自分の名前をつけて、そっと呼んでみる」のは誰もがやってみること。
しかし、日本の常識は、世界の常識ではない。
最近、ギターを抱えた着流しの若手芸人が、「ヨン様、ヨン様と騒ぐけれど・・・ もし結婚したら、あなたの苗字は“ペ”ですから!残念!」というフレーズを好んで何度も歌っているが、韓国は夫婦別姓。結婚しても、妻は旧姓のままで、“ペ”にはなりません。「残念!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月30日

名前   (カノコ)


生命保険会社の、今年生まれた赤ちゃんの命名数調査によると、 「凛」という名前が、女の子の第3位だという。
(ちなみに、第1位が同数で「さくら」と「美咲」。男の子の1位は「蓮」)
簡単には書けないような、四角い難しい漢字にもかかわらず、人気の名前だとか。

「りん」というと思い出す名前がある。
多分、教科書でであった詩の一節。
  ”自分の住む所には
   自分の手で表札をかけるに限る。

   精神の在り場所も
   ハタから表札をかけられてはならない
   石垣りん
   それでよい。”

先日亡くなった大正9(1920)年生まれの詩人である。
高等小学校を卒業した14歳から、定年の55歳まで銀行に勤め続けた。
結婚はしなかった。子どもも持たなかった。

”石垣りん/それでよい”
という言い切りが、当時の私には衝撃だった。
○○の娘、でも◇◇の妻でも、△△の母でもない、わたし自身であること。
「殿」も「様」もつかない、自分で自分の在りどころを示すこと。

「・・・・自分自身の意見とか願望を持たず、いつも他の人々の意見や願望にそって考えようとする性質」(V.ウルフ『女性にとっての職業』)ではない自分だったから。

今年生まれた「りん」ちゃんたちは、さあ、どんな道を歩むのだろうか。
自分の道を自分で選ぶことをためらわなくてもいい、そんな未来であって欲しい。