1月10日

年賀状   (カノコ)


やや遅ればせながら、明けましておめでとうございます。今年も よろしくお願いいたします。

今年は年賀状が余っていたらしく、年明けにもまだ売っていた。
年があらたまるときに携帯で「賀詞」を述べたりメールしたり、年賀状メールを出したり・・・と新年のご挨拶も多様化しているのだろう。
変化、といえばパソコンの自作の年賀状が増えた。
昔ながらの「印刷屋さんに頼んで」というのがめっきり減っている。
そのせいなのか、「個人名」の賀状が多い。

家族全員の名前を並べた賀状が少なくなったような気がする。
これも「個人主義」のあらわれか・・・!?

単に、パソコンで簡単に好きなものが作れるようになって、「年賀状」が「カー ド化」しただけのことだろう。
で、個人名で出すと、「すわ、離婚か!?」と誤解されることはなくなった。

「奥さんの名前は、少し小さく印刷してもらうのが常識です」
なんて「お作法」がついこの間まであったなんて・・・

日進月歩・・・・?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1月11日

知事選  (カナコ)


世界的な事務機器の名門・米ゼロックスシャの社長に、52歳の女性が就任したという記事が、新年の紙面を華々しく飾った。
にこやかに微笑む彼女の写真は、紙面の4分の1を占める。

記事は、こんな言葉で彼女を紹介している。
『彼女は、2人の息子の母親として、仕事と家庭を両立させてきた・・・(中略)
家族との時間を増やすために、早期退職を考えるほど、2人の息子と夫との時間を大切にしてきた。仕事用のブリーフケースを買い換えるたびに、「これが最後だから」 と伝えてきたほどだ。社長に就任すれば、家族との時間が犠牲になるのは明白だったが、夫と息子の「やってみなよ」という言葉で、決意が固まった。』

女性の紹介記事に、必ずセットされているのが、「こぼれるような微笑み」の写真。
女性の紹介記事に、必ず書かれているのが、「仕事と家庭の両立・・・」という言葉。
これは、インタビューを受けている女性が自ら微笑み、そして話したわけではなく、記者がそういう写真を望み、そして「両立に関する質問」をしたからかもしれない。
しかしこれまで、女性にのみ「笑顔」や「家庭と仕事の両立」が求められてきたことは、まぎれもない事実。

間もなく県知事選。3人の男性候補者のプロフィールが、すでに何度も紙面に掲載されている。
しかしその記事の中に、「彼は、仕事と家庭を両立させてきた・・・」とか、「家族との時間を増やすために、早期退職を考えるほど、子どもと妻との時間を大切にしてきた・・・」という記述はない。
しかし、これだけ女性の社会進出が進んだ21世紀。
「僕も妻も、家庭と仕事を両立させたい」とコメントする候補者が出てくれば、迷わず「岐阜県」の県政を託すのだけれど・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2月6日

家庭を大切に   (カノコ)


「家庭を大切」にするため、男性は家族のために、家に帰る時間を惜しんで働き、女性は仕事を早めに切り上げて、もしくは仕事をやめて家に帰る。
同じように願っているのに、その反対はなかなか受け入れられない。
「家族のために」、仕事をやめて自国に帰った野球選手もいたが、
「家族のために」、平日にはレースがないからと来日した騎手もいたが、
それは記事になるくらい珍しいことだった。

内閣府が発表した「男女共同参画社会に関する世論調査」で、「夫は外で働き、 妻は家庭を守るべきである」という考え方に、48.9%が反対、45.2%が賛成 と答え、92年の調査以来、はじめて反対が賛成を上回ったそうだ。
が、女性に仕事と家庭生活のかかわり方の現状を尋ねると、「家庭優先」が44.8 %、「仕事優先」26.8%、「両立」19.6%と、やはりどちらをとるか、というと「家庭」はが圧倒的だ。
(男性では6割が「仕事優先」)

「家庭と仕事の二重の負担に、さすがのわたしもへたばって弱音を吐いたことが あります。すると夫は、『いろんな点で条件に恵まれている者が仕事を続けなくて、 誰ができるんだ』と、わたしを叱るような調子ではげましてくれました。」
「夫のためを思う先輩や同志が、わたしが仕事をやめて選挙を手伝うべきだと、たびたび助言してくださいました。しかし彼は、友情に感謝しながらも、考えを変えることがありませんでした。」

”「僕も妻も、家庭と仕事を両立させたい」とコメントする候補者”は、岐阜県にはいなかったけれど、こんなことをいう代議士もいた。
「夫」は故・森山欽司氏。「わたし」は森山真弓氏。
『わたしの呼び名は《まあもちゃん》』(岩波フォト絵本)という本で、彼女が書いていることだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3月12日

同い年  (カナコ)


中学校の敷地に隣接している我が家の庭を、授業中に脱走を図った生徒が、しばしば通り抜ける。
顔なじみになってしまった彼らに「コラッ!また!」と声をかけると、「スイマセン・・・先生から逃げてるもんで・・・」と、挨拶にならない挨拶をして頭を下げる。
そんな彼らと、たまに立ち話をするのがオモシロイ。

「親がウザイんだよな。この前、オカンが先生に呼ばれて、ゴチャゴチャ言われたもんで、カッカしてさ。それからいつもギャーギャーうるさくて・・・」
「ゴチャゴチャって、どんなこと言われたの? カッカしたお母さんは、どうしたの ? ギャーギャーって、なに言うの?」
校舎の死角でタバコをタシナムこともある彼らだけれど、“ワル”ではない。聞け ば、結構いろいろ話してくれる。

「親と子どもは“同い年”である」という言葉がある。
親は、子どもを持って初めて『親』になる。子どもが1歳になれば、親も『親1年 目』。子どもが15歳になれば、『親』としても15年目。
要は、中学生の親だって、『親』として、まだまだガキだってこと。

彼らに説教するつもりはないが、ついつい“一言”言ってしまった。
「子どもが成長すれば、親だって同じように成長するんだから、アンタたちの方が ちょっとは大人になりなよ。アンタらが“ウザイ”で止まってたら、親だって育たな いだろが。アンタら次第で、親は、ちゃんとついてくると思うよ」
長年『親』をやってみて、「親は、子どもほど順調に“成長”できない」ということは、身にしみて実感しているのだが・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3月16日

反抗期   (カノコ)


次々と驚くような事件が起こるので、忘れ去られてしまいそうな のだが、「中津川家族6人殺傷事件」が気になっている。
同じ県内、というからではない。
今まで、何も「問題」がなかった57歳の公務員が突然人を殺す。それも愛犬2頭を含む家族5人。
わけのわからなさからいったら、昨今の青少年の犯した犯罪どころではない。

自殺を図った容疑者は、一命を取り留め、取り調べに応じているとのことで「動機」が新聞に載るようになった。
「何年も前から口うるさい母をうっとうしいと感じており、殺したいと思っていた」 と供述、とあった。
85歳の母以外の家族にはもともと殺意は抱いていなかった。
「自分が母を殺したあと、残されたらかわいそうだと思った」

57年間の母との暮らしのなかで少しずつたまってきた「殺意」。
その臨界点があの日・・・?
もしかしたら「絶対者」だった母親が、加齢によってやっと自分より「弱いのだ」と 思えた時なのか。

「子ども」は「親」を越えて、始めて「大人」になれる。
「親」の支配を受け続けている状態では、いくら世間的には「大人」であっても実質は「子ども」。
自分のことを自分で決める、という大人として当たり前のことがまだ「許してもらえ ない」ことだってあるのだ。

「親」の「私物」にされ、自分の意思を表明できなかった彼は、自分の子どもに対しても同じことをした。
息子には息子の人生が、娘には(そしてまだ幼いその子どもたちにも)その人生がある、それはたとえ親であっても勝手に変更することは許されない、ということがわからなかったのかもしれない。

「親がウザイんだよな。」と、親や教師に「反抗」できる中学生は、とっても健康。
なにしろ彼らは「第2次反抗期」の真っ最中。
「反抗期」=「自立期」。
反抗すべき時に反抗できなかった彼が、はじめて母に「ノー」という気持ちをたたきつけたのは50を半ば過ぎてから。
遅くかかった麻疹は、重い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4月10日

鯉のぼり   (カノコ)


あっという間に満開になった桜。
桜が開きはじめると、鯉のぼりの姿も目立ってくる。

こんな川柳が新聞に載っていた。

 里山に 子ども居るらし 鯉のぼり  (京都市 雨宮稔起)

初夏の「俳句」でもいっこうにかまわないこの句、今だからこそ「川柳」。
(川柳・・・俳句と同形式で、特に、滑稽・当てこすりを宗とする短詩:新明解国語辞典)

大きく泳ぐ鯉のぼりを上げられるような庭がなくても、鯉のぼりは廃れなかっ た。
団地用ミニサイズが発案され、上げようと思えば上げられるようになった。
が、子どもがいなくては、鯉のぼりは上げられない。
このごろめっきり鯉のぼりの数が少なくなったのは、家のサイズの問題ではなく子どもの減少。

早苗と裏山の緑に映えるはずの里山の鯉のぼり。
が、そこでも少子化は進み、里山の家にいるのは大人ばかり。
だからこそ「子ども居るらし」。
見渡せる何軒かの家で、鯉のぼりが泳いでいるのはあの1軒だけ。

「少子化」の原因として必ずいわれる晩婚化・未婚化。
今や、男性は20代後半の約7割、30代前半の約4割が、女性は20代後半の約5 割、30代前半の約3割が未婚者である。
また、生涯未婚率(45〜49歳、50〜54歳の未婚率の平均値)は、男性では12.6%、女性で5.8%。
男性のおよそ10人に1人、女性の20人に1人が中高年になっても独身である。

都会ではなかなか目に見えない、晩婚化・未婚化による少子化の現状が、里山のある地域でははっきり目に見えるだけのことなのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4月19日

ドアノッキング (カナコ)


先日、出産祝いに産婦人科を訪れた時、入院食の豪勢さに驚いた。朝から7品も揃っている。ディナーは、毎食フルコースに近い。これも少子化ゆえの商法か。
病室もゆったりとしていて、ソファにジイチャンバアチャンを初め一族郎党が勢ぞろいしても、まだゆとりがある。
しかしその隣室は親類縁者も遠いらしく、ひっそりと静まり返っていた。

退院後は実家で静養するというケースは、相変わらず多いが、実家から遠かったり、 実家に長期滞在できない事情があって、病院から直接、夫だけと暮らす家に帰宅する産婦も少なくないようだ。
もっとも、実家での静養が幸せだともいえない。
自分を「大きいママ」とか「グランマ」と呼ばせて、婆と母親との中間地位を狙う現代のバアチャン族は、あわよくばここで子育てのやり直しを・・・と、てぐすね引いて待っている。 だから、手を出す・口出す・お金出す。
まあそれでも、「グランマ」や「グランパ」や、おまけに「ひいバアチャン」までが何人も関わっている環境であれば、産婦は少なくともマタニティブルーになる暇はない。
(もっとも、「母親」になる暇もないが・・・)

気になるのは、病院から即、夫婦だけの子育てにならざるをえない母親。
「子どもは可愛い。昼間は天使。しかし、真夜中に突然悪魔に思えてしまう瞬間がある・・・」
「ベビーバスに一生懸命入れる。耳に水を入れないようにとコチコチになるため、指が腱鞘炎になってしまって・・・」 そんな時、夫が手を出したり、口出しでもしようものなら、落ち込んでいる母親は、自分の力のなさを指摘されたようで、イラ立つ・ハラ立つ・怒り立つ。

しかし、本来はやさしい母親。昼間一人でいると、そんなことを思い出して、涙が止まらなくなる・・・そんな時、ほんの5分か10分でいい。誰かに話をしたい。誰かの話を聞きたい。
「私だって、泣きやまない子どもを悪魔か!って思うことあったわよ。」
「子どもはお湯に浸かってるだけで幸せ。初めは“洗おう”なんて思うわなくていいのよ。」 そんな世間話をしてくれる「ちょっと先輩」がいれば、心はホッと軽くなる。
そのとき先輩は、間違っても、「お母さんがんばって!」なんて励ましてはいけない。お母さんはもう 十分頑張っているのだから。

その「世間話をしてくれる、ちょっと先輩」に出会えないのが、今の地域社会。
里帰り出産でない場合、せめて産後の2〜3週間、毎日定期的にドアノッキングしてくれる人員を配置する制度ができないものか。
まず制度として整え、それをあらたな地域力として根付かせていけないものか。
制度を作れば人は動く。それを組織するまでのコーディネートが行政の手腕・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5月24日

ステップ  (カナコ)


4月から、お昼の連続ドラマで「ステップ」という番組が始まった。
見る機会がないので、ストーリーについては何も言えないが、アメリカで言われ始めたステップファミリーという言葉が、日本にも定着し始めたのかと、タイトルに興味を持った。
ステップファミリーというのは、「再編された家族」というような意味合いで、子どものいる男女が、新たな家庭を築いて、再出発した家族。

お互いに子どもがいるとき、その家族の再編は、結婚という形をとることが難しい。
婚姻届を出して母の姓だけが変わったり、家族を同じ姓にするために新しい親と養子縁組をしたりするには、子どもにとっても抵抗が大きいからである。
しかし日本の場合、婚姻届を出していないファミリーはファミリーとして認められず、納税や相続に、何の恩典もない。
それでも、着実に増え続けている、「新しい形」の家族。

フランスでは、1999年にPACS(パックス)と呼ばれる法案ができた。
最寄の簡易裁判所に、「私たちはカップルです」という契約書を出せば、納税や相続で、夫婦と変わらない権利が得られる制度。
カップルなら、若い男女の同棲でも、同性愛の2人でも、もちろん「お試しステップファミリー」も・・・。

宗教界では、「伝統的な家族制度が破壊される」と反発されているが、この法案ができてから5年。欧米では、多くの国(州)が類似の制度を導入している。
だから欧米では、正式の婚姻関係以外のカップルから生まれた子ども(日本ではこれを非嫡出子という)が30%を超えていて、半分以上が婚姻届を出していないカップルから生まれている子どもという国もある。
ちなみに日本の非嫡出子は1.4%弱。「生んだ方」も「生まれた方」も、肩身がせまい。

「家族として社会的に承認されたいし、家族としての恩恵も受けたい」・・・「しかし、結婚という様式にしばられることは、ためらってしまう」・・・という想いはワガママとして切り捨てられる。
憲法24条に「家庭を大切に」という条項を入れようという案が出ているが、憲法を改正したところで、離婚の増加は止まりはしない。 今必要なのは、ほんの少しアタマをやわらかくして、「新しい家族の形」も認めていくこと。
同棲と結婚の中間である「簡易結婚」の選択ができれば、子どもを生むことへのハー ドルも低くなるのに・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5月29日

メルヘン   (カノコ)


朝日新聞の土曜版に「サザエさんをさがして」というコーナーがある。
過去の4こまマンガと、写真で「当時」の様子をふりかえるという面白いコーナーだ。
28日の写真を見て驚いた。1961年の旧国鉄赤羽駅の写真。
「夕方から雨が降り、駅の改札口は通勤帰りの夫を出迎える妻でいっぱいになった」

雨が降ってきたから、と迎えに行くのはせいぜい小学生だと思う私の「常識」に反して、改札口には本当に大勢の妻たち。これが「常識」の時代があったのだ。
今、駅の改札にカサを持って夫を迎えに行く妻はいるのだろうか?

今夜も「サザエさん」をやっていた。
何年も続くオバケ番組。その番組に対して野田聖子衆議院議員は著書の中で「ノスタ ルジーにとらわれていると、少子化・高齢化対策は遅れるばかり。サザエさんとは決別を」と書いているという。
また、「サザエさんの時代を取り戻したいという願望は、今でも永田町と霞ヶ関の大多数のおじさんたちの心の中に生きている」とも。

そういえば夕方雨が降れば、波平さんやマスオさんは、カサを持った家族に迎えてもらえる。
サザエさんやカツオ君が、ちゃんとカサを持って迎えに行く。
そう、これはもうなくなってしまった「くらし」を懐かしむメルヘン。

塾も中学受験も、ない世界。
波平さんやマスオさんが夜遅く帰るのは、飲んできた時。
テレビのない部屋で、家族そろって囲む夕食。
ご用聞きのサブちゃんがいて、電話は1軒に1台。もちろん携帯電話もない。

こんな家族はどこにもないから、逆に気軽に楽しめる。
とてもあんなふうには暮らせないから、いいなあ、と無責任に思える。
明るいうちに会社から帰ってこられるところにかなり広い持ち家があって、1軒に二人の「専業主婦」がいるくらし。

「うちのパパは世界一」の世界は、放映当時子どもだった私にとって、信じられない暮らしだった。
それでも、今のサザエさんの暮らしほどは遠くになかったような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6月17日

ノー残業ディ   (カナコ)


岐阜県が、男性の育児休業を推進している事業所に、奨励金を交付する制度を始めた。
男性従業員が2週間以上の育児休業をとった場合、事業所に40万円の奨励金を出して、仕事と家庭の両立に取り組む企業を支援しようという取り組み。少子化対策の一環である。
ほかに、男女を問わず、育休中の従業員に給料以外に何らかの手当てを出していたり、ベビーシッター代や学童保育にかかる経費を援助している企業にも、奨励金が出る。こちらは中小企業なら20万、大企業は10万という差をつけているところがいい。
両立支援をしている企業には、国から認定マークがもらえる。そのマークが、企業のイメージアップにつながる社会になれば、シメタもの。

中小企業にとっては、目先の奨励金も必要。しかしまず、社会全体が、働き方を根本から変えなければ、仕事が生活の中に組み込めない。
「せめて残業がなければ働き続けられるのに・・・。」
これは、仕事に復帰したいお母さんが、声を揃えて言う言葉。
父親にも残業がなければ、家事・育児を分かち合える。

次世代法のおかげで、週の何日かを「ノー残業ディ」にしようという取り組みを始めた企業が、ぼちぼち現れてきている。
しかし、お題目だけでは効果はない。本気で始めた企業は、強制的に退社させるシステムを模索している。
「残業したら、その部署の上司に責任を問う・・・」「残業したら、罰としてその部署の予算を削減する・・・」「一斉に電気を消す」などなど。
仕事量が減るわけではないから、時間内にいかに効率的に仕事をこなさせるかが、上司の腕。

しかし、ノー残業ディの評判は、男性陣にはイマイチ・・・とも聞く。
確かに、残業手当がなくなると困る。でも、それ以上に、「仕事が大変だ!大変だ!」とグチりながらも、なお職場が心地よくて、家庭に帰りたがらない男性が少なくないのも事実・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6月28日

ジューンブライド   (カノコ)


6月というのに、雨も降らず、真夏が先にやってきたようだ。
緯度の高い欧米の地では「6月の花嫁」がもてはやされるらしい、と聞いたのはいつ頃だろう。
周りが騒いでも、叫んでも、なかなか「花嫁」の数は増えないらしい。

石川県の「いしかわ子育て支援財団」は、少子化対策の一つとして、ボランティ アで男女のキューピッド役を務める「しあわせアドバイザー“縁結びist(エンムスビスト)”」を養成する講座を開くのだそうだ。
少子化対策には、遠回りでも若いカップルの結婚の後押しをとのこと。
少子化の原因の一つは「未婚化」「非婚化」ということで、いよいよ「子育て財団」 がそこへ乗り込んできたわけだ。

岐阜県の「次世代育成支援対策推進行動計画」も、「結婚」には一応目配りはしている。
「次代の親の育成」ということで、まず「現状と課題」はこう語る。
 〈若者の価値観の変化とともに、マスコミ等の論調や周りの大人の言動が、若者に対して結婚や子育てに対するマイナスのイメージを植え付け、若者が結婚や子育てを 敬遠する傾向にあります。〉
で、どう「取り組む」か。「県民の役割」(県民に期待すること)はこう述べている。

 〈大人は、周りの若者に対して、結婚生活や子育てに対する苦労ばかりを強調するのではなく、結婚し、家族を持つことの意義や子どもがもっているかわいらしさなどを伝え、子育てが持つ本来の楽しさを教えていきます。〉

結婚生活の苦労を強調するから、若者が結婚したくなくなるんだ、っていわれても、でも現実は現実。
「ぜったい、おすすめ!」なんて気楽には言えない。
「しあわせアドバイザー“縁結びist(エンムスビスト)”」さんたちは、そこのところを伝えよう、というのだろうか。

講義内容は、「現代の結婚・支援の状況と若者事情」「少子化の現状と対応」「相手を尊重し、相手の自己決定を促すコミュニケーション」などだとか。
「効果」のほどを見てみたい講座である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7月16日

地味キャラ  (カナコ)


アニメ・ドラえもんの声優が総代わりになって、その変化になかなか慣れることができず、話の展開についていけない・・・のは、私だけ?。

ドラえもんといえば、最近、子どもたちのキャラクターの好みが変わりつつあるという。
かつては主人公のドラえもんが、当然のごとく人気を独り占めしていたのに、最近の子どもたちの多くは、「中心になるドラえもんやのび太」ではなく、「脇にいるスネ夫」が好き・・・。
他のアニメでも、主人公より脇役のキャラクターに人気が集まるという。

「目立つ」ことは、子どもたちにとって、もはや憧れの対象ではなくなった。学級委員や応援団長に立候補する子も減った。子どもたちは「目立ちたくない」とさえ思っているかに見える。
しかしまだまだ、女子の方が比較的に元気で、気になるのはどんどん「スネちゃま化」してくる男子・・・。その背景にあるのは、父親なのか母親なのか、はたまた社会なのか。

確かに、劇の会で主人公のある物語は避けて「みんな一緒」の出番のものを選ぶ幼稚園が増えてきた。
運動会で、順位がはっきりと出る「50m走」を廃止する小学校も現れた。
そんな傾向が、「目立たないで生きる」子どもたちの増加に拍車をかけているのかもしれない。

先月出された青少年白書によると、「自分の父親の人生を見て、生きがいがあると感じている青少年は16.7%。 母親の人生に対しては15.5%」であるという。8割以上の子どもたちが、「親の生き方に夢を感じていない」ということになる
身近な大人に目標や魅力を持てないでいる子どもたちに、「夢を持て!」と掛け声をかけるのは、酷なこと。
まずは、一番身近な大人が、「自分はこんな生き方がしたい」と、はっきり声にしてやらねば・・・。
とは言うものの、そういう想いを声にする訓練をしないまま来てしまった「私」は、一体どんな生き方がしたいのか・・・???

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8月6日

モデル   (カノコ)


子どもは、いろんなものを見て、まねて、覚えていく。
だから、身近な大人は、一番のモデルになる。
あんなふうになりたいなあ、と母や父の姿を見ている子どももいるだろうが、それほど多くはなさそうだ。

昭和30年代、普及しはじめたテレビの人気番組に、「パパはなんでも知っている」とか「うちのママは世界一」といったアメリカ製のドラマがあった。
やさしいパパと、美人のママと、大きな家と、広い庭。そして、自家用車。
自分の現実の生活とあまりにかけ離れたその「家庭」を、まぶしく見つめ、憧れたという。
「家庭」とはああいうもののはずだ、ということを「刷り込まれ」たのが、ちょうど団塊の世代か。
(現実、を生きていた当時の大人は、そんなに単純に憧れることはできはしない。)
そんな「家庭」を必死につくろうとしてきた。
やさしいパパと、美人のママ(専業主婦)と、かわいく賢い子どもが2人、それなりの家と、立派な車、そしてペット。
モデルをもとに作り上げたもの。

いつも、何気なく目にしているものの影響力は、けっこう大きい。

スペースシャトル「ディスカバリー」の映像がテレビから流れてくる。
「日本人宇宙飛行士」が乗っているためもあるのか、露出度が高い。
船長はアイリーン・コリンズという女性。
「コリンズ船長」と紹介される画面を見ている女の子の中に、「私も」と思う子がいるかもしれない。
目にしなければ、「宇宙飛行士」はちょっと想像しにくい遠い仕事。
にこやかに手を振るコリンズ船長は、何も愛想がいいから船長になれたわけではない。

米空軍で二人目の女性テストパイロット、NASAの初めてのスペースシャトルパイロット、かつ、初めての女性コマンダー。そして2児の母。
米空軍のパイロット時代のコードネームは「Mom」だったという。
初の女性シャトルパイロットになった1995年、女児誕生。初の女性コマンダーになった1999年からほどなくして、男児誕生。

日本にも女性宇宙飛行士はいるが、まだとんでもなく珍しい存在。(まあ、男性だってそうなのだが)
「君について行こう」という伴侶でもいなければ、結婚することだってままならない 雰囲気が、まだある。
野口さんの紹介も大切だが、コリンズ船長の紹介もあれば、宇宙飛行士を志す女の子たちが増えるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9月9日

抱っこ布:スリング   (カナコ)


日差しも熱風も、ほんの少しやわらいできて、子どもを抱っこしたりオンブしたりする時の、汗だくの苦痛から、何とか逃れられるようになってきた。
最近、赤ちゃんを包んだ1枚布を、たすき状に型から下げるタイプの「スリング」が広がってきている。これは、新生児から3歳児くらいまで使用できる。
首が据わる前の『ゆりかご抱っこ』や、据わってからの『たて抱っこ』や、何にでも興味を示すようになった頃の『カンガルー抱っこ』など、使用法もバラエティにも富む。

オンブは確かに親も子も安定するけれど、胸の「バッテンひも」が、外出時には何とも気恥ずかしい。
しかし、スリングはとにかくオシャレ。色も柄も「私好み」が演出できる。そして、布にくるまれた姿勢が子宮内の体位に似ているせいか、赤ちゃんが実によく眠る。
もう一つの利点は、ママの授乳の目隠しになること。

スリングは、インターネットやオークションなどでたくさん販売されてしているので、購入する前には、まず情報交換が大切。「とてもいい」製品も多いが、「ちょっと??ねえ」という製品も、ないわけではないからだ。
しかし、丈夫さにさえ留意すれば、手作りが一番安上がり。ミシンで雑巾を縫う技術があれば十分。

スリングで何より大事なのは、「丈夫さ」と、「正しい使い方」。特に使い方は、実際にマンツーマン方式でないと身につかない。
大都市にはそれなりの講習会があるが、岐阜近辺では、口コミ程度。
でも、NPO法人くすくすで、「スリングママのおしゃべり会」を毎月やっていることを、ちょっとPR。
この会の情報については、携帯のミニまぐ通信『ぎふスリンガー』で発信。登録しておけば、自動的に「お知らせ」が届く。

登録は、携帯から http://mini.mag2.com/ にアクセスして、「マガジン一覧」(スカイメールでなくスーパーメールの方)⇒「暮らし・美容」⇒「結婚・出産・育児」⇒「ぎふスリンガー」(3ページ目くらい)で「登録」。必要なくなれば、解除操作も簡単。

みんなでワイワイガヤガヤおしゃべりしながら、ついでに手作りのノウハウもゲットして、パパ用スリングも作成してみてはいかが?
もちろん共有OKだが、もしパパの体格がよければ、丈をやや長めに作るだけ。
赤ちゃんが自分の胸にぴったりと密着して、安心して眠っているのを眺めている「パパの表情」が、またいい・・・。